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隈研吾の自宅(神楽坂)がすごい!実家情報についてもまとめ!

tomoko

監修者のTomoko Takahashiです。当サイトコンテンツのファクトチェックを担当しています。
【職種】データサイエンティスト|データサイエンティスト協会会員
【経歴】独立系シンクタンクに勤務。「人流・商圏分析」「ファクト調査」を担当
【資格】基本情報技術者|FP技能士
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みなさんは、隈研吾さんの自宅(神楽坂)について知りたくはありませんか?

また、隈研吾さんの実家情報についても知りたくはありませんか?

という事で今回は「隈研吾の自宅(神楽坂)がすごい!実家情報についてもまとめ!」と題して記事をお届けいたします!

この記事を読んで分かること

  • 隈研吾さんの自宅(神楽坂)について!
  • 隈研吾さんの実家情報について!

ぜひ最後まで楽しんでご覧ください!

隈研吾の自宅(神楽坂)がすごい!

さて、「隈研吾の自宅(神楽坂)がすごい!」に入っていく前に、まずは隈研吾さんに関する基本情報を見ていきましょう!

隈研吾の基本情報

生年月日と出身地 1954年8月8日、神奈川県横浜市
出身校 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了
職業 建築家
受賞 日本建築学会賞作品賞(1997年)
村野藤吾賞(2001年)
リーフ賞(2008年)
毎日芸術賞(2010年)
芸術選奨文部科学大臣賞(2011年)
所属 慶應義塾大学
早稲田大学
東京大学工学部
隈研吾建築都市設計事務所

隈研吾さんは神奈川県横浜市大倉山出身で、父親は三菱マテリアルのサラリーマン、母方の祖父は医院を営んでいました。

子どもの頃から猫好きで獣医を目指していましたが、父親の建築への興味から建築家を志すようになりました。

そして東京大学工学部建築学科を卒業後、大手設計事務所で経験を積んだ後、自身の事務所を立ち上げました。

その後、教育活動も行い、現在は岡山大学や東京大学で教鞭をとっています。

また、2022年には和歌山県との包括連携協定を結び、地方創生にも貢献しています。

これまで隈研吾さんが関わってこられた建物には、下記のようなものもあります。

・国立競技場
・高輪ゲートウェイ駅
・角川武蔵野ミュージアム
・M2ビル
・水/ガラス
・伝統芸能伝承館森舞台
・那珂川町馬頭広重美術館
・石の美術館
・GREAT (BAMBOO) WALL
・サントリー美術館
・根津美術館本館
・英国アンティーク博物館 BAM鎌倉

そんな隈研吾さんについて調べていると「隈研吾 自宅 神楽坂」というワードに検索数が集まっていることが分かりました。

実は隈研吾さんの自宅は神楽坂にあります。

実際の自宅の様子はこちら!

とてもきれいな造形の自宅ですよね!

階数は3階建てで、一部4階まであるように見えます。

前面はガラス張りで、非常に開放感があり、住んでいて心地よさそうです。

ちなみに隈研吾さんは、どうして神楽坂に自宅を作ったのでしょうか?

これはあくまでも憶測ですが、隈研吾さんの事務所は南青山というところにあり、かなりオシャレな雰囲気の町として知られているようです。

よってご自宅は、落ち着いた雰囲気がある神楽坂に建てたかったのかもしれません。

神楽坂には隈研吾さんが設計したシェアハウスがある!

また実は、神楽坂には隈研吾さんが設計したシェアハウスが存在しています!

どうしてシェアハウスなのか。

これについて、隈研吾さんは次のように語っています。

きっかけは、わが家の長男が独立したいという話が出て、彼が友人たちと住むシェアハウスを僕自身がオーナーとなって建設したこと。これが、非常に面白いんですね。家がうまい形で拡大してコミュニティーをつくっている。

引用元:https://newspicks.com/news/1337661/body/

きっかけは、隈研吾さんの息子さんがシェアハウスに住む必要性ができたからのようですね。

残念ながら家の画像などは見つからなかったのですが、2016年時点でこのシェアハウスには8人の方が入居されていたそう。

また隈研吾さんは、商店街と住宅がほどよく混じり合ったコミュニティーが根付いている神楽坂は、シェアハウスを建築するのにピッタリであると考えているそうですよ。

余談ですが、この感覚には筆者も非常に共感するところです。

実は筆者も現在、5人でシェアハウスに住んでいます。

少なくとも筆者は「ひとり暮らしは寂しい」という思考があったので、シェアハウス入居を決めた節もあります。

もしかしたらシェアハウスに住みたいと思う人は、筆者と同じで人とのつながりを重視する人が多く、住むのは昔ながらの人情味溢れるような場所がピッタリなのかもしれませんね!

【シェアハウスの一部だけチラ見せ】

隈研吾の実家情報!

続いては、隈研吾さんの実家の情報についてまとめていきます。

隈研吾の実家はどこにある?

隈研吾さんのご実家は、神奈川県横浜市にある大倉山にあるようです。

また実家は、隈研吾さんが関わったプロジェクトによって修復された歓成院という場所のすぐ近くにあるようです。

今や世界的な建築家となられた隈研吾氏はここ大倉山のご出身で、ご実家は当院から徒歩数分の並びにございます。著書「僕の場所」には2章にわたり大倉山での思い出や建築家を意識されるきっかけがリアルに記されております。大倉山という里山で遊んだ日々、その土の香り、友人との経験、木造の実家の増築計画に参加した思い出など。まさにこの大倉山で育った日々が現在の氏のアイデンティティとなっていることは著書以外にも、様々な記事やインタビューから伺い知ることができます。今回隈研吾氏にとりましても初めての地元でのプロジェクトでもあるわけです。

引用元:okurayamaasoka

これまたとても美しい形をした建物。

周辺の緑との組み合わせもばっちりです!

こうして自然に囲まれて生きた経験が、今の隈研吾さんの建築スタイルに大きく影響を与えているのでしょうね!

隈研吾の実家の家族

続いては、隈研吾さんの実家の家族情報についてです。

隈研吾さんの実家のご家族は、両親、隈研吾さん、そして妹の4人家族です。

父親はごく一般的な会社員でしたが、隈研吾さんが建築に心惹かれるきっかけを作ったのは紛れもなく父親でした。

なんでも、隈研吾さんの父親はデザインが好きだったらしく、有名な建築物を隈研吾さんに見せてまわっていたのです。

そういった建物を家族で見に行っては、そこでみんなで写真を撮る。

隈家ではこれをよくやっていたそうです。

隈研吾さんにとってこれはとても楽しかったらしく、特に大谷幸夫氏が設計した東京都児童会館などは、後に自分1人で通い詰めるほどに心惹かれた建物だったと言います。

また、代々木競技場にも非常に心惹かれ、小学校4年、5年の時には、友人に「代々木競技場のような建物を作りたい」と話していたのだそうです。

この後実際に国立競技場の建築に関わることになるのですから、まさに有言実行、素晴らしいですよね。

”なぜ”を求める父親

そんな隈研吾さんの父親の最大の特徴は、とにかく隈研吾さんに”なぜ”を求めたことでした。

隈研吾さんの父親は、隈研吾さんの要望で部屋を増築するときも、何か物を買ってあげる時も、とにかくその理由を求めてきました。

「育ったのは横浜市大倉山。農地に囲まれた小さな家で、私や妹が大きくなって一人部屋が欲しいというたびに増築をしていました。父親が家族の意見を聴きながら方眼紙に間取りを描きます。なぜその間取りにしたいのか、きちんと説明しないと父は納得してくれません。いま僕の建築事務所でしていることと同じことをしていました」

「父は、ものを買ってほしいと言うと、僕にリポートを書くよう言いました。例えば、テープレコーダーを買ってもらいたいときは候補の機種の特徴などを一覧にして、そのなかで一番欲しいのはどれか、なぜその機種を選ぶのかを明確に書かなければ買ってくれませんでした。妹は『欲しい』というだけで買ってもらえ、不公平だと思いましたが。父は、僕は口べたで人付き合いがうまくできそうにないと思っていたようです。僕は絵が好きで、芸術家を目指すという選択肢もあると思ったのですが、父は感性だけで勝負する世界に行くことは望んでいませんでした。それでこうした訓練を課したのかもしれません。後々、建築のプレゼンに役立ちました」

引用元:©NIKKEI(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36184050V01C18A0KNTP00/)

当時は”めんどくさい”とほんの少しでも煩わしく感じたかもしれませんが、父親の教えが今の隈研吾さんのお仕事に活かされているのは間違いないようです。

隈研吾さんはなるべくして、世界で活躍する建築家になったのかもしれませんね。

隈研吾の母親

ここまで、隈研吾さんの父親がそもそもデザインに興味があったことをお伝えしましたが、実は母親も、この手のことには積極的だったそうです。

「母も家族会議のときは、デザインについていろいろ意見を言っていました。僕は父が45歳のときの子どもで、母は父親より18歳若かった。母の繊細な優しいデザインセンスに引かれました」

引用元:©NIKKEI(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36184050V01C18A0KNTP00/)

実際に隈研吾さんの母親はどんなデザインを書かれていたのか、非常に気になるところです。

隈研吾さんはそんな母親を、万里の長城の側に作った竹造りの建物を見せに中国に連れて行ったのだそうです。

北京の街中なども案内してあげると、とても喜んでいたそうですよ。

このように隈研吾さんのご両親は、隈研吾さんが建築家として活躍するために多くの経験や知識を与えてきたわけですが、隈研吾さん自身がしたいと思ったことには口出しせず自由にやらせてくれたのだそう。

「やりたいことはとことんやらせる」

そんな教育方針が、隈研吾さんを世界で活躍する建築家にした1つの大きな要素なのかもしれませんね。

おまけ:隈研吾の現在のご家族について

さて、隈研吾さんの実家のご家族についてまとめましたので、ここでは隈研吾さんの現在のご家族についても軽くまとめておきたいと思います。

隈研吾さんの息子さんは、名前を隈太一さんといいます。

隅研吾さんは1985年生まれで、東京理科大学→東京大学大学院の後、ドイツ留学を経験されています。

ご自身のシェアハウスをオープンしたり、ワインバーや川崎駅内のテレビスタジオのデザインを手掛けたりと、隈研吾さんに負けず劣らず立派な建築家として活躍されています。

また隈研吾さんの奥さんは、同じく建築家の篠原聡子さんという方です。

現在は日本女子大学の学長をされている人物で、同大学では長らくの間先生をされていらっしゃいました。

また建築家としての腕も一流で、Y-HOUSE、キヨサト閣で日本建築学会賞など様々な賞を受賞されています。

ちなみに、ネットでは一部隈研吾さんと篠原聡子さんの離婚説が浮上していますが、根拠はありません。

この記事のまとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は「隈研吾の自宅(神楽坂)がすごい!実家情報についてもまとめ!」と題して記事をお届けいたしました!

この記事のまとめ

  • 隈研吾さんの神楽坂の実家は、ガラス張りの部分がありとても開放感がある!
  • 隈研吾さんの実家は神奈川県にあり、デザイン好きの両親によって育てられた!

最後までお読みいただきありがとうございました!

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