第十四回酒都で聴く居囃子の会 伊勢物語逍遥 -和歌に誘われて- 「隅田川」



令和元年10月14日(月・祝)
会場 白鷹禄水苑 宮水ホール
午後14:00開演(開場・受付開始13:30)


古くから芸能と縁の深い酒都・西宮の造り酒屋において、地元在住の能楽師による謡と囃子で、能特有の音楽性と言葉の美しさを楽しむ「居囃子の会」。十四回目となる今回は、「隅田川」を中心に、歌物語の代表である『伊勢物語』に取材した演目に焦点をあて、和歌が紡ぐ能の世界の一端にふれてみようと試みました。

平安時代に成立した『伊勢物語』は、和歌を中心に話が展開する「歌物語」の代表で、在原業平とみなされる昔男の一代記が、その恋物語を中心に名歌でつづられています。能が成立した中世において『伊勢物語』は、和歌の奥義にかかわる重要な書物として認識されており、その言葉の意味や内容を詳しく説明した注釈書が数多く生まれました。『伊勢物語』に拠(よ)る能も、単に典拠となる題材の世界そのものを芸能として再現するのではなく、当時の伊勢物語の解釈をふまえ、さらに作者の深い読みによってイメージされた世界が再構築されているといえます。今回取り上げる「隅田川」はその典型で、『伊勢物語』の東下りの有名な「都鳥」の和歌をふまえながらも、本説とは全く別次元の一曲として構想されているといえます。

今回、大きくは「和歌」がテーマとなっていますので、冒頭、渡し船を発端にした古歌の応酬がユーモラスな狂言「舟船」で幕を開けました。設定は主人とその供の太郎冠者が、西の宮参りに出かける途中の神崎の渡しでの出来事です。「西の宮」「神崎川」などゆかりの地名も登場し、善竹兄弟による主人と太郎冠者の軽妙なやりとりが会場の笑いを誘います。

 

続いては旭堂南陵さんの講談で在原業平の出自と、業平が婚姻関係を結んでいたとされ紀有常の娘とのエピソードが語られます。その後舞台中央にスポットがあてられ、講談で語られた『伊勢物語』23段のエピソードを典拠とする能「井筒」のサシからクセの部分が、上田拓司さんの謡、久田舜一郎さんの小鼓によって演奏されます。ここでシテの女性は業平と幼いころより井筒に寄り添い、水鏡に面を映してたわむれる仲でしたが、いつしか年頃になると、恥じらいの気持ちがつのり互いに会えなくなってしまいます。そこで業平はその女性を恋しく思い、「筒井つの、井筒にかけしまろが丈、すぎにけらしな、妹見ざる間に」という歌を贈ると、それに対し女性も「比べ来し、振り分け髪も肩すぎぬ、君ならずして、誰が上べき」と昔と変わらぬ恋心を伝えたというものです。またこの女性は業平の浮気心に黙って耐え、結局はその忍耐と思いやりによって夫の心を取り戻したというエピソードも語られます。講談の名調子とは打って変わり、寂しげな秋の風情を漂わせる在原寺跡を背景に、今なお業平を待ち続ける女の昔語りを聴くような、情感あふれる演奏でした。

再び講談席にスポットがあたり、業平の恋物語の中で最も有名な清和天皇の后候補として藤原氏の掌中の玉であった高子(後の二条后)との恋と逃避行について語られます。この業平の恋が結果的には藤原氏の目論見を一時的に狂わすことになり、業平は自ら都を離れ、身を隠さなければならなくなりました。その経緯が伊勢物語第九段「東下り」の物語を生み出します。都を遠く離れて東国へと下る途中、三河の国の八橋に立ち寄った業平は、見事に咲き誇る杜若を見て、人口に膾炙する名歌「唐衣きつつなれにし妻しあればはるばるきぬる旅をしぞおもふ」を詠みます。この八橋の件を典拠としたのが能「杜若」です。ここでは杜若の精がシテとして現れ、業平は男女の仲を守る陰陽の神でもあり、多くの女性との恋愛は神として衆生を助けるための行いだったと語ります。講談に続き、この伊勢物語の和歌が随所にちりばめられた「杜若」のサシ・クセの部分が舞囃子で披露されます。次世代を担う若者達による力強い地謡で舞うのは薄紫の紋付きの梅若基徳さん。前半の最後を華やかに締めくくってくださいました。

 

休憩を挟んでの後半はいよいよ番囃子「隅田川」です。伊勢物語「東下り」では、武蔵と下総の国境を流れる隅田川までさすらい下ってきた業平が、そこでふと見慣れぬ鳥の姿を目にしたので、その名を渡し守に問うと「都鳥」と告げられます。都から遠く離れた鄙の地で「都」という懐かしい言葉を耳にして業平が早速詠んだのが「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」の歌です。能「隅田川」では、子を探し求める物狂いの女が、この歌に自身の境遇をなぞらえ、「我もまたいざこと問はむ都鳥わが思ひ子は東路にありやなしやと」と謡う箇所が聞きどころとなっています。そこには妻を思う業平と子を思う母の心情が二重写しとなり、『伊勢物語』の世界が別次元に再構築されています。渡し守が、都鳥の名をかもめと答えたり、本来なら東下りの渡し守のように「日が暮れるので早く船に乗りなさい」というべきところ、乗船を拒絶するという無粋な対応をすることに対し、女が伊勢物語と引き比べてなじり、巧みに説き伏せているのも興味深い点です。

終盤、母が我が子のために念仏を唱えますが、「南無阿弥陀仏」の謡の微妙な抑揚に巧みな間合いで打たれる小鼓の打音が、母の深い悲しみとともに胸に突き刺さるように響きました。墓の中から子供の声で「南無阿弥陀仏」と地謡に交じり謡う箇所では思わず涙する人の姿も。能では塚の内から梅若丸の亡霊が現れ、母が抱きしめようと近寄ると、幻は腕をすり抜けてしまい、母の悲しみは一層増します。視覚的要素の無い居囃子という形式でもなお、母の悲しみとこの親子の悲劇は強く胸に迫ります。改めて謡と囃子の力を実感しました。

本編終演後の番外編「初紅葉の小宴」では、禄水苑庭園にて盃を片手に、若い方々による「松虫」「邯鄲」の一節をお聴きいただき、演者の方々との歓談をお楽しみいただきました。

 



未成年者の飲酒は法律で禁じられています。お酒はおいしく適量を。
妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に影響するおそれがありますので、気をつけましょう。
飲酒運転は絶対にやめましょう。


Copyright (C) 白鷹株式会社. All Rights Reserved.
白鷹禄水苑限定商品白鷹禄水苑のイベント情報文化アカデミーのご案内Englishレンタルスペースのご案内 白鷹禄水苑のご案内